経済的な豊かさよりも、国民が幸せと感じる度合いを重視する国作りを目指してきたブータン。
ヒマラヤ山中の森林に覆われたブータンについて、主に幸福・幸せの観点からまとめました。
ブータンについて《地理的概説・超簡略版》
1974年に外国からの観光客を受け入れるようになるまでは鎖国状態で、貧困率、非識字率、乳児死亡率は世界の中で最悪レベルの状態が長く続きました。
先進諸国からブータンを訪れるのは簡単ではなく、1960年代までブータンは非常に知名度の低い国でした。
しかし1972年、新たに即位した第4代国王が、国家の発展を図る主要な尺度を国内総生産(GNP)ではなく「国民総幸福(GNH:Gross National Happiness)」とすると宣言し、世界中から注目されています。
- 場所
ヒマラヤ山脈の奥深く、東端に位置し、北側のインド、南側の中国に挟まれています。 - 土地の特徴
高い山々、深い森、氷河が溶けて流れる河川 - 面積
38,000平方キロメートル
九州と同じくらい、日本の十分の一ほどの広さ。 - 人口
約81万人(2017年時点、世界銀行のデータによる)
1990年代前半に約53万人から2万人程度減少しましたが、1995年以降増え続けています。 - 宗教
チベット仏教が国教 - 言語
ゾンカ語(ブータン独自の言語)、英語、他約20言語 - 政治体制
立憲君主制(2008年より)
近年まで絶対王政でしたが、1972年に即位した第4代国王は自ら民主主義への移行を主張し、第5代国王のもとで2007・2008年に総選挙が実施されました。民主的に選出された首相のもとで国会が招集され、憲法も施行、立憲君主制を実現しました。
国民総幸福の向上を図る四つの柱
ブータン政府は国民総幸福の向上を図る柱として、
1.公正で公平な社会経済の発達
2.文化的、精神的な遺産の保存、促進
3.環境保護
4.しっかりとした統治
の4つを示しました。
一般的な指針として示しただけではなく、国民総幸福度向上の進歩を測る尺度として72の指標を設定しています。
そして、すべての政策がその指標を念頭に置いて策定されるように政府の機構も再編され、既にかなりの目標を達成してきました。
所得の伸び、平均寿命の延び、教育と医療の普及、識字率の向上等、着実に成長と改善が積み重ねられています。
政治・行政の質においても、先進諸国のレベルには達していないものの、インドや中国、ネパール等の周辺諸国よりもかなり上のレベルに到達しました。
公正で公平な社会経済の発達
2016年の経済成長率は6.2%(世界銀行のデータによる)。一人当たりGDPは増えつつありますが、しかし、2013年時点で国民の約3割が貧困の状態であり、政府は積極的に経済成長を推進しています。
とはいえ、目先の成長を最大化するよりも、緩やかで着実な発展を長期的に進めるという方針。経済発展の恩恵は公平に分かち合うべきだという信念に基づいてか、第9学年までの教育と医療はすべての国民に無料で提供されているようです。
文化的、精神的な遺産の保存、促進
ブータン政府はブータン固有の伝統文化を維持するだけでなく、自主・自立を大切にする価値観や、他者への奉仕、寛容の精神、協調性、家庭・仕事・余暇の調和の促進なども図っています。
いずれも幸福度に影響する要素です。
環境保護
国土の70%あまりが森林に覆われているブータン。ブータンでは政策として将来の世代のために環境を保護し、美しい自然景観を維持しようとしています。そのために様々な規制が課されており、経済成長とは相容れない場合もあります。
森林破壊を防止するため、電気ストーブの使用を奨励している他、国が指定する広大な保護区の中には4つの公園があり、野生生物の聖域と呼ばれています。また、国土の少なくとも60%を森林として保存することを法令で定めています。
良好な統治と民主化
ブータンの人々はワンチュク国王の統治に非常に満足しているようでしたが、第4代国王は、長期的には民主主義が国民の幸福を高めると確信し、自らの権限を縮減し、民主化を徐々に進行。第5代国王のもとで民主制が実現しました。
ブータンの問題
良い点を書いてきましたが、ブータンの全てが素晴らしいというわけではありません。
個人の自由制限
目標を達成するために、個人の自由をかなり制限している側面があります。
例えば、健康面では喫煙や民間療法を禁止、環境面では建築の要件が厳格だったりします。
社会問題
ブータン国内の社会問題としては、
- 貧困、経済格差
- 産業が育っていないための高失業率
- 高失業率を背景にした犯罪の増加
- 失業や社会の急激な変化に対応できないための薬物依存
- 少数民族への差別、迫害
このようなことが顕著です。
若者が刺激を求めるのは万国共通のようで、若者が地方を離れて都会に出ていくために、首都の失業率が悪化して窃盗が増加。2010年頃には既に薬物乱用が問題となっていましたが、2018年に放送されたNHKの番組によると、2018年にはさらに深刻化しているようです。
ブータンは1974年に開国して外国人観光客の入国を認めました。その後1999年にテレビが認められ、世界が激動する時代に、圧倒的な量の情報が急に押し寄せてきて、大混乱中なのかもしれません。
全体としては目覚ましい実績
社会問題のない国はありません。
ブータンは国民の幸福を経済よりも優先すべきだとしてGNHを指標として掲げているわけで、国民全員の幸福を達成したと宣言しているわけではありません。
ごく最近まで世界で最も孤立していた国が、近代化の途上で混乱しつつも相当な発展を遂げていると見ることはできるのではないでしょうか。
世界から注目されるブータンのGNH・国民総幸福度
幸福を国家の目標とすることは、最近生まれた新しいアイディアではありませんが、幸福の追求を国策の中心に据えているのは、良くも悪くも今のところブータンだけ。
先進諸国の中には、この国の取り組みに真剣に注目している政府もあります。
代々のブータン国王が、先進諸国の幸福を置き去りにした経済発展をどう見たかはわかりませんが、今後も幸福という観点からは要注目の国です。
最近は旅先としてもブータンは人気を集めていて、皇室の方の旅行先としても話題になっています。
観光業はブータンの重要な収入源。
若者のお仕事が増えていきますように。
ブータンについて参考
ブータン基礎データ | 外務省 - Ministry of Foreign Affairs of Japan
↑2010年9月から1年間ブータンで公務員として働いた御手洗さんの著書。御手洗さんは最近の日経新聞にも出ていたりして、ご活躍華々しいです。
↑岸本葉子さんの旅エッセイ。
岸本さんがブータンを訪れたのは1998年と、この記事公開時点の20年以上前で、その頃もブータンでは変化が著しかった様子がよくわかります。
↑本記事執筆の参考にはしていないのですが、日本でのGNH応用を模索する試みとしては突き出ている本なので掲載しました。