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幸福・幸せ研究室

快楽順応 ―快楽のランニングマシン「ヘドニック・トレッドミル」とは?幸福への道に仕掛けられた罠

高収入の仕事に就いたけど、以前より空しい。
欲しいものを次々に買っても心が満たされない。

多くの人がこのような感覚を覚えます。

お金や物で得る幸福が長く続かない最大の理由は、私たち人間に生まれつき備わっている「快楽順応」にあります。

ぜひこの性質を知り理解して、幸せになるテクニックに磨きをかけてください!

快楽順応とは何か?

「快楽順応」は、たいていの変化に慣れてしまったり、適応したりする能力を言い、「快楽適応」とも言われます。

英語では「hedonic adaptation」(ヘドニック・アダプテーション)の他、「hedonic treadmil」(ヘドニック・トレッドミル)と表現されることもあり、快楽を追い求めていくら走ってもゴールにたどり着かないことを言い表しています。

「快楽順応」についての研究が進んだのは比較的最近で、1970年代以降のこと。多くの心理学者が研究を重ね、

  • 日常の出来事や生活の変化から生じる幸福感や落ち込みがどれほど続くか、ということについて予想するのが私たちは苦手
  • 自分を幸福にしてくれるものが何かということを驚くほどわかっていない

ということが明らかにされきました。

幸福あるいは不幸な出来事の直後はその感情でいっぱいになるものの、そうした出来事には案外早く順応してしまうということがわからないのです。

そのため、私たちが「こうすれば幸せになれる」と考えて行動することが、実は快楽のランニングマシンの上で走っているだけだった、ということになってしまいます。

快楽順応で慣れてしまう良いこと

私たちが間もなく慣れてしまう良いことには、例えば、

  • 収入増
  • 希望していた仕事
  • 好きな人との恋愛、結婚

などがあります。

経済的な成功による幸せは続かない

人生で何が最も重要かと問われた時に、「より多くのお金」と答える人は多くいます。

しかし、経済的な成功や、欲しいものを手に入れたりといったことで得られる幸福は、多くの場合長くは続かず、やがて元のレベルに収まっていくことがわかっています。

頑張って出世して高級車を買っても、その満足感は日が経つにつれて小さくなっていってしまう。念願のマイホームを買っても、以前より幸福になったとは言えない自分に気が付くだけ。

所得が増えてもすぐに順応し、高級な家具や家電で生活水準が向上してもそれらはやがて必需品に。もっと欲しいという願望が大きくなり、さらに良い生活をするためにお金がもっと必要だ、と感じるようになってしまいます。

ランニングマシンの上を走り続けるのと同じことで、より多くのお金を求めても決してゴールにはたどり着くことはなく、きりがないのです。

結婚

他人とのポジティブな関係は幸福感を大きく高めます。多くの調査で、既婚者は既婚者以外の人たち(独身の人、離婚した人、配偶者と死別した人、未婚で同棲中の人)よりも生活満足度が高くなっています。

とはいえ、結婚したから幸せになったという一方的な関係があるわけではなく、幸福度がもともと高い人が結婚しているという傾向もあり、結婚と幸福の因果関係は双方向的であるということが確認されてきました。

一方、結婚による幸福感の高まりがどの程度続くかについては諸説あります。

結婚が長期にわたって幸福を高めるとする研究者は少なく、大半の研究では、結婚はいったん幸福度を高めるものの、その後2~3年で結婚前の水準に戻るとされています。

結婚して大きな幸せをつかんだような気がするのも束の間、その幸せにも私たちはやがて慣れていきます。

順応能力が役立つ場面

ポジティブな出来事に初めは喜びや満足を感じても、やがて慣れてしまい幸福感は続かない。

私たちの幸福度を高めるにはとても厄介に思える「快楽順応」ですが、この適応能力が役立つ場面もあります。

人は大抵の挫折に、ほんの数か月で順応するのです。

ここでは順応しやすい例を挙げましたが、失業や配偶者・子供との死別のように順応しにくい出来事もあります。

病気、怪我

これまでの調査で、大抵の人が様々な病気や障害に、意外なほど早く順応できることがわかっています。

手足を失ったり、四肢麻痺になったりしても、一年以内に以前の生活満足度に回復するとされています。

健康と幸福には双方向の関係があります。幸福度に特に大きく影響するのが自分の健康に対する自己評価で、医師の診断結果や客観的な健康度と幸福度にはさほど強い関係はありません。

ただし例外が3つあり、慢性痛・うつ病・エイズやがんなどの致命的疾患の発病は、順応が難しかったり、幸福度を長期にわたって下げたりするケースが多くあります。

生存を有利にする

刺激に対して慣れることは、私たちにとっては防御となります。

仮に、何かがもたらす快感や苦痛がずっと同じレベルで続いたら、私たちはその感覚に圧倒されて、他のことに対処できなくなってしまうことでしょう。

外的刺激に対して順応することで、その刺激から生じる感覚に支配されてしまわないように調整し、私たち自身が生き残っていけるよう守っていると考えられます。

また私たちの感覚は、快感や苦痛といったものだけではなく、環境の変化に対しても順応します。

明るさや騒音といった環境に特に素早く順応することは、経験のある人が多いのではないでしょうか。暗い夜道でもだんだん辺りが見えるようになってきたり、最初はうるさいと思った店内の音楽がやがて気にならなくなったりするのも順応です。

こうしたことも元々は、太古の昔に私たちの祖先の生き残りを有利にするためのものだったと考えられています。

快楽順応への対処 ―快楽順応を防ぐ

どんな良いことにも悪いことにも慣れて適応できてしまう人間の脅威の能力「快楽順応」。

落ち込みを続かせない順応はありがたいですが、良いことにも慣れて喜びが薄れてしまうのはちょっと困りものです。

昇進・昇給、素敵な人との結婚、散歩途中の素晴らしい景色。そのようなものに慣れてしまわず喜びを見出し続けるために、少し工夫してみましょう。

素晴らしい出来事を当たり前と思わず、「快楽順応」の影響を小さくすることができます。

自分のした良い経験を当たり前のものと思わずにいられるよう、心を耕し続けましょう。

より持続する幸福は、環境の変化より新しい「活動」

人間は、快楽順応の能力で、悪い環境にも良い環境にもすぐに慣れてしまいます。そのため、転職や転居といった環境の変化は、長期的な幸福にはつながりにくいと考えられています。

一方、新しい活動を始めることは幸福度を高めることがわかっています。例えば、

  • 趣味の集まりに参加する
  • 新たな分野の勉強を始める
  • ボランティア活動を始める

といったことです、これらは新たな挑戦をする機会や、人とのつながりなど、ポジティブな出来事を多くもたらし、幸福感の高まりが続くのです。

参考文献

読書ガイド

この本は、持続する幸福に関する研究の第一人者であるソニア・リュボミアスキー氏の著作で、特に「快楽順応」への対処に焦点を当てています。快楽順応を防いで幸福度を高めていきたい、と思う人にはまずこの本をおすすめします。

彼女は心理学の研究者ですが、この本は一般向けに書かれていて、訳文もこなれているのでとても読みやすいと思います。英語版の初版発行は2013年ですが、内容が古びた感じは全くありません。

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