この記事は成長途上です。
幸福の研究者たちは、幸福に影響を及ぼす要因について、様々な調査研究を行ってきました。
中でもお金、所得と幸せの関係については、最も多くの研究が行われてきたと言っても過言ではありません。
手元のお金が増えたら嬉しくて幸福を感じる。
年収が増えたら人生が幸福に変わる。
そんな風に思う人は多くいるかもしれませんが、お金が私たちに与える影響は、意外と複雑であることが明らかにされてきました。
また、自分を本当に幸せにしてくれるものが何かということを、私たちが驚くほどわかっていない、ということを示す事実も多数あります。
幸せにつながるお金との付き合い方は、どのようなものなのでしょうか。
目次
幸せはある程度までお金で買える
「お金で幸せが買えるのか?」とは古くから延々と行われてきた議論であり、永遠の疑問のように思われていました。
そして、「お金で幸せは買えない」とはよく言われることです。
しかし近年、お金で買える幸せもあることが様々な研究によって明らかになってきました。
今のところわかっていることを大雑把に言うと、
- 「ある程度まで」はお金が幸福度を高められる
- お金で買える幸せには限度がある
- お金がないからといってすごく不幸になるわけではない
ということ。
私たちが直感的に思うほど、お金は幸せに影響しません。幸福に影響を及ぼす様々な要素の中で、お金よりもはるかに強力に幸福に影響する要素が他にあるからです。
多くの国ではGDPが増えても幸福度は上がらない
経済が成長すれば、国民の所得が増えて皆が幸せになる、と多くの人が信じて経済の成長を目指してきました。
政府は経済政策に力を入れ、企業は規模の拡大や増益を目指すことが当たり前とされる時代が続きましたが、幸福の研究では、そのような従来の常識的な味方と異なる内容の報告が多数あります。
経済学者のリチャード・イースタリンをはじめとした研究者が報告していることで、米国では過去50年間、一人当たりの収入が大幅に増加したにもかかわらず、幸福度の平均水準はほとんど上昇していません。
経済成長によって一人当たりの所得が増えても、幸福度は一定のところで頭打ちとなるか、場合によっては下がってしまうことがわかりました。
イースタリン・パラドックス
第二次世界大戦後に成長を遂げた多くの国では、収入や生活水準が上がって、戦前よりはるかに便利で経済的に豊かな暮らしをするようになったにもかかわらず、生活満足度は戦前と変わらないか、低くなってしまいました。
経済成長や所得増に関わらず、「とても幸福だ」「あまり幸福ではない」という回答の割合は、半世紀前とほぼ変わりません。
1974年にアメリカの経済学者リチャード・イースタリンが発表したこの現象は「イースタリン・パラドックス」とも呼ばれ、お金と幸福について考える際にはしばしば引き合いに出されます。
Does Economic Growth Improve the Human Lot? Some Empirical Evidence
なぜかNYタイムズのサーバにイースタリンの当該論文PDFがありました。
お金の影響は意外と小さい
イースタリン・パラドックスの発表以降、幸せとお金について多くの研究が行われてきた結果、ある一定レベルまでは、所得が上がるほど、人は幸せを感じることが明らかになりました。
このことについては、多くの人が実感として理解できることではないでしょうか。
しかし、日々の暮らしにおいては、お金が私たちに与える影響は意外と小さいこともわかっています。
着る物や食べるものが不足していて医療も十分には受けられないといった状況で、お金さえあればなんとかなるといった場合は、お金で買える幸せは大きくなります。
一方、衣食住が衛生状態などが満たされている場合、収入の増加によって高まる幸福の度合いは、あまり大きくありません。
つまり、日本を含む先進諸国や、近年発展著しい多くの国々においては、幸せをお金で買える余地はそんなに残されていないということです。
また、高収入を得ることで、この世で提供されている最高のものを経験できるようになったとしても、そのことによって、人生のささやかな喜びを感じ味わう能力は減ってしまうとされています。なんとも皮肉な仕組みです。
経済成長を優先する政策は正しいか?
日本では戦後間もない1950年代から1980年代のバブル期にかけて経済的に飛躍的な成長を遂げ、人々の所得は増え、生活水準は向上しました。
しかし、その後はGDPの増加と日本人の幸福度は比例しません。GDPが増えても、生活満足度はむしろ低下傾向にあります。日本においては、お金で買える幸せはほぼ買い尽くしてしまったと言えるでしょう。
そのような時代に、政府が国の進歩の指標として、さらなる経済成長を特に重視することに、どれほどの意味があるでしょうか。
何が持続的な幸福や満足感をもたらすのか、ということを多くの人が知りません。また心理学の発展は、私たちの心理的な弱点をも明らかにしてきました。そこに多くの企業がつけ込み、様々な戦略を駆使して私たちに物の購買を促します。
でも、私たちの幸福度は物の消費では高まりません。
お金と幸せの関係を知り、政府や企業の在り方について考える際の一助としつつ、幸福度が高まるお金の使い方をしたいものです。
所得と幸せの関係
幸福度の上昇が頭打ちになる金額は、調査によってばらつきがあります。国ごとに異なる所得の水準や文化の違いも影響していると考えられます。
共通しているのは、所得が一定の水準を超えると幸福度アップの効果が緩やかになる、場合によっては下がるということです。
所得のもたらす幸福の要因3つ
1. 楽しみや笑顔など、ポジティブな感情をもたらす
この側面の飽和値は年収660万円。
これを超えると、所得が増加してもポジティブ感情はそんなに増えません。
2. ストレス、怒り、不安など、ネガティブな感情がわかなくなる
この側面の飽和値は年収550万円。
これを超えると、ネガティブ感情はそんなに減りません。
3. 生活の満足度は年収に比例
この側面の飽和値は、1210万円程度。
これを超えると、生活の満足度はそんなに上がりません。
参考:ダニエル・カーネマン&アンガス・ディートン|High income improves evaluation of life but not emotional well-being
大阪大学の発表では、世帯年収1500万円で頭打ち
年収700万円前後で、なぜ幸福度の上昇は頭打ちになるのでしょうか。
以下のような理由が考えられています。
- 年収が高い人は忙しく、家族や友人などとの人間関係(非地位財)に時間と労力を割けない。
- 年収が高い人は、責任の大きな仕事をしていたり、ストレスの多い生活をしている。
- 年収の高い人は、高級なものや高価なものを持っていても、結局それらを利用する時間がない。また、物は幸福度を高めない。
- 年収が高くても、それに慣れてしまい、もっと欲しくなる。
快楽順応の罠
経済的な成功や、欲しいものを手に入れたりといったことで得られる幸福は、多くの場合長くは続かず、やがて元のレベルに収まっていきます。
私たちには、ひどい状況にもやがて慣れることができる「順応」という素晴らしい能力があります。この能力があるため、収入が大幅に上がっても、やがて「快楽順応」によって、高収入にも贅沢にも慣れてしまうからです。
心理学ではこれを「快楽のランニングマシン」もしくは「ヘドニック・トレッドミル(Hedonic Treadmill)」と呼んでいます。
高級な家具や家電もやがては必需品となり、もっと欲しいという願望が大きくなり、結局はその生活にも満足できなくなります。ランニングマシンの上を走り続けるのと同じことで、決してゴールにはたどり着くことはなく、きりがないのです。
所得と人生の満足度
マーティン・セリグマンとエド・ディーナーというポジティブ心理学の大御所が、2004年に発表した少し古いレビュー論文に、面白いデータがあります。
経済紙フォーブスで「最も裕福なアメリカ人」に選ばれた400人は、比較的幸福度が高いのですが、東アフリカのマサイ族は、彼らとほぼ同等に満足しているというのです。
マサイ族は、電気や水道のなく、糞で作った家に住み、昔ながらの暮らしをしている牧畜民です。
高い幸福度を得るのに、贅沢は必要ではないということが示されています。
GDPと幸福度の関係
※画像を押下すると拡大して見られます。
このグラフは、GDP(国内総生産)と幸福度(SWB=subjective well-being、主観的幸福度)の関係を表しています。
経済的に豊かになると幸福度(縦軸)が上がる傾向はありますが、GDP(横軸)が一定額以上になると幸福度があまり上がらなくなっているのが、このグラフからもわかります。
グラフ中左上の集団は、GDPは低いけれども幸福度が高い国々です。コロンビア、メキシコ、エルサルバドル、グアテマラ、ベネズエラなど南米の国々が名を連ねています。
日本はGDPが高い集団にいますが、幸福度は平均線より下。イタリア、イスラエル、フランス、旧西ドイツの近くです。
経済的な成功を追求するのは危険
お金を追い求める人は不幸や失望に苦しみがち
お金持ちになりたい、という願望に取りつかれてしまうと、失敗しても成功しても、多くの場合あまり幸せになれません。
稼ぐために頑張ったのに実現できなかった人は失望するし、成功した人でさえ、お金を稼ぐことに熱中してお金に執着するあまり、幸福に大きく影響する人間関係を疎かにしてしまうことがあります。
収入を気にかけ経済的な成功にこだわる人ほど、家庭生活で満足を得られないことが報告されています。
経済的な成功を目指して、実際にお金持ちになった人は、達成感から満足を得ることはできます。
お金儲けのために、生活の他の面を犠牲にすることで得られなかった幸福を、その達成感で埋め合わせをしているという研究結果があります。
こうした研究から発せられる警告は、お金を稼ぐことに熱心になりすぎることには、幸福から遠ざかり失望に終わってしまうかもしれないというリスクがあるということです。
Tim Kasser & Allen D. Kanner|Psychology and Consumer Culture: The Struggle for a Good Life in a Materialistic World
幸せな富裕層の特徴とは?
お金だけで人は幸せにはなれないし、自殺してしまうお金持ちの人もいますが、お金持ち=不幸 というわけではありません。平均的な所得の人でも幸せな人とそうでない人がいるように、富裕層にも幸せな人とそうでない人がいる、ということです。
富裕層で幸せな人に見られる特徴は主に、
- 金銭的成功にこだわらない
- 仕事で好きなこと、興味あることに打ち込む
- お金や仕事のために人間関係を犠牲にしない
この3点。
平均的な所得の人と同じです。
幸福だと成功する
多くの人は「成功したら幸せになれる」と思いがちです。
しかし、家族や友人関係など、大切なことをたくさん犠牲にして築き上げた財産や成功の先に幸せがあることはほとんどありません。
むしろ、幸せな人が成功する確率の高いことが近年わかってきています。
幸せになるお金の使い方
幸福度を高めるお金の使い方について、様々な研究が行われています。
非地位財にお金を使う傾向のある人ほど幸福度の高いことが明らかにされており、近年日本においても「ものより経験を買おう」ということはしばしば言われるようになってきました。
幸せになるお金の使い方
- 物より経験にお金を使う
- 人のためにお金を使う
- お金より時間を大切にする
- 負債を減らす
- 倹約と幸福は両立する
- 買い物で心の隙間は埋まらない
- 自分の性格を踏まえた支出をする
【まとめ】幸せになるお金の使い方|物を買っても幸せにならない
人には高い適応能力があり、それは幸せについても同様です。物を買って感じる喜びは、「快楽のランニングマシン=ヘドニック・トレッドミル」によって比較的短期間でなくなってしまいます。幸せになりたいなら、幸せにつながることにお金を使いましょう。
お金と幸せの関係まとめ
国は経済の規模を、企業は会社の規模や売り上げを大きくすることに、長年邁進してきました。しかし、それで私たちが幸せになったかと言えば、そうはなりませんでした。
お金だけでは、人は幸せになれない。
お金で買える幸せには限界がある。
「より多く」が「より良い」わけではない。
このことを念頭に置き、お金との関係を適度に保って、幸福度を高めていきたいものです。
参考
Ed Diener, Martin E.P. Seligman|Beyond Money: Toward an Economy of Well-Being(2004年7月)
Prof. Marita Carballo|Discussion on Happiness and Public Policies