職業、支持する政党、食べるもの、寝る時間・・人生や日々の生活の中で、自由に選べることは大切です。しかし、選択との向き合い方によっては、ストレスが増して幸福度を下げてしまうことがわかっています
私たちは毎日何十という選択を繰り返しています。
幸福度を高めるには、「選択」とどのように向き合えば良いのでしょうか。この記事では、幸福度を高める「選択」との向き合い方についてまとめました。
目次
選択は人の本能
人間は「選択したい」という欲求を生まれながらにして持っています。
選択は本能なのです。
受身で与えられた報酬よりも、自分ら能動的に選んだ報酬に、私たちはより反応します。
この本能があるから、私たちは与えられた選択肢の中から最も良いものを選ぶことができます。
人は毎日70回選択!
『選択の科学』の著者であるシーナ・アイエンガーさんによると、典型的なアメリカ人が通常1日に下す決断の数は平均約70だそうです。
自由の国アメリカでの調査結果なので、日本ではもう少し少ないかもしれません。
『フォルトゥナの瞳』という映画では、「人は朝起きてから夜寝るまで9,000回何かを選択している」としています。
これは恐らく、毎日の生活の中で発生する何らかの作業や行動を細分化した場合の数を言っていると思われます。
それを「選択」と言うべきかどうかは「選択」という言葉の定義によって異なります。
このサイトでは、コロンビア大学の教授であり、選択の権威でもあるアイエンガー教授の説に沿って考えていきます。
ちなみに「選択」は辞書によると以下のように定義されています。
[名](スル)
1 多くのものの中から、よいもの、目的にかなうものなどを選ぶこと。「―を誤る」「テーマを―する」「取捨―」出典:デジタル大辞泉(小学館)
幸福度を高める選択、損ねる選択
しかし、選択がいくら本能だからといって、選択の機会や選択肢の数が膨大であることは、必ずしも良いことではありません。
また、選択したいという欲求が強くなりすぎて、せっかく選ぶ自由があるのにそのメリットを生かしきれないこともあります。
例えば、これ以上選択肢を増やしたら時間や労力が余分にかかってしまう、という状況にあっても、私たちは本能的に選択の幅を広げようとするのです。
「選択したい」と思うのはごく自然なことで、かつてはそれが生存に欠かせないものだったから発達したのだと考えられます。
しかし現代においては、この本能が幸福度を下げてしまうこともあります。それには、選択肢の数や選択に臨む態度、選択の回数が関係します。
多すぎる選択肢はデメリット
選択肢が複数あること、その中から選べることは良いことなのですが、選択肢が多ければ多いほど良いということではありません。
多すぎる選択肢がもたらす弊害が様々な実験や調査によって明らかになっており、処理可能なレベルを超える数の選択肢は、以下のような心理的なストレスを引き起こします。
- 決断に必要な労力が増す
- 間違いやすくなる
- 判断ミスに対する心理的な影響が深刻になる
選択肢が多すぎることの弊害を指摘した有名な実験に、アイエンガー氏が行ったジャム購買の実験があります。
試食用に6種類のジャムを提示されたグループでは30%の人が購入したのに対して、24種類を提示されたグループでは3%の人しか購入しませんでした。
また、ビュッフェ形式の食事では、膨大な種類の料理があるのに、却って極めて少ない種類しか選べなくなってしまう人も多くいます。
多すぎる選択肢にさらされると、私たちは方向を見失い、選択そのものをやめてしまうのです。
既に十分に選択肢があるにも関わらず、人の「選択したい」という欲求は、さらに選択肢を増やそうとすることもあります。
多すぎる選択肢はデメリットであることを忘れないでおきましょう。
選択する態度
多すぎる選択肢を前にして、人はどのように反応するでしょうか。
何らかの意思決定をする際、私たちは主に以下の2通りに分けられます。
サティスファイサー:ほどほどのところで満足する人
マキシマイザー:最大限良いものを求める人
それぞれ、以下のような特徴があります。
サティスファイサーの特徴
サティスファイサー(満足する〈satisfied〉人)は、自分の要求を満たすのに「程好い」ところで十分だと考えます。
- 全ての選択肢を検討するのではなく、何らかの基準で絞った選択肢を検討する
- 選択肢を検討して、自分の最低限の基準を満たすものを見つけたら検討作業をやめ、それを選ぶ
- 選ばなかったものについてはあれこれ考えず、手に入れたものに感謝し大切にする
マキシマイザーの特徴
マキシマイザー(最大化する〈maximize〉人)は、選択についての完璧主義者で、自分にとって最も価値の高いもの、最も条件のよいものを手に入れようとします。
- 妥協せず、選択肢を考えられるだけ洗い出そうとする
- 最も条件の良いものを手に入れることを求めて、全ての選択肢を検討する
- 検討に検討を重ねて選んでも、もっと良い選択肢があったのではないかとしばしば考え、時に後悔する
譲れないものとそうでないものを意識する
より良い結果を求めることは決して悪いことではありません。また、常に妥協してほどほどのところで満足することが最善ということでもありません。
しかし、完璧主義は時に幸福度を下げます。
私たちには価値観があり、意識的にも無意識的にも、譲れないことと重要度の低いことを分けて考えます。
選択の機会と選択肢が莫大に増えた現代では、譲れない大切なことについてはしっかり考えて選択し、重要度の低いことについてはほどほどのところで満足する、場合によっては人に決定を委ねる、といったように、選択する時と場合を選択する工夫が必要と言えるでしょう。
マキシマイザーがはまりがちな落とし穴
マキシマイザーがはまりがちな落とし穴をまとめておきます。
思い当たる節があったら、意識してほどほどのところで満足し、今あるものに感謝することを思い出してください。
マキシマイザーは上昇志向が強く、常に良いものを目指して努力します。
しかし、完璧なものを選びたいという思いが強すぎると、そこには落とし穴があるので注意が必要です。
マキシマイザーがはまりがちな落とし穴には、以下のようなものがあります。
- 後悔
選択肢の検討中には「最良のものを選べなかったらどうしよう」と不安になり、決めた後には「もっと検証したらもっと良い結果になったかも」と後悔しがちです。 - 過大な期待
選択肢が増えるほど、より良いものを選べるという期待が大きくなります。 - 落ち込み、自責
期待が大きかった分、また熟考した分、自分の選んだものが最良最善でなかった場合に失敗を自分の責任として大きく落ち込みます。 - 時間のロス
車の内装を選ぶのに膨大な時間を費やす間に、家族や親しい友人と過ごす時間を失っているかもしれません。 - 満足度の減少
マキシマイザーは、サティスファイサーよりも所得が高くなる傾向がありますが、仕事に対する満足度はマキシマイザーの方が低くなりがちです。多くを求め期待が大きくなるほど、満足感は得にくくなってしまいます。 - 成功者との比較
上昇志向が強いため、自分より成功している人としばしば比較します。この比較は精神衛生上悪影響を及ぼしがちです。
詳しくはこちら⇒ - 自尊心の低下
自分の意志や感性で選ぶことが少なくなり、自尊心が損なわれます。 - 幸福感の低下
以上述べてきた落とし穴により、幸福を感じにくくなります。精神的な落ち込みや社会的比較などによってネガティブ感情は増加し、選択肢の検討に時間を費やすためにポジティブ感情を上げる行動が減ってしまうため、ネガティブ感情が相対的に大きくなってしまいがちです。
選択の繰り返しで低下する意志力
「決断疲れ」に要注意
「決断疲れ」という言葉があります。
「判断疲れ」「決定疲れ」とも呼ばれるもので、心理学や意思決定の分野で、意思決定を何度も繰り返すと決定の質が低下する現象を指します。
人は時に不合理な意思決定をしますが、決断疲れはその原因の1つと考えられています。
決断疲れは決断にマイナスの影響があるだけでなく、生産性も下げるなど、精神面に広く影響します。
決断疲れを回避して常に良い選択をするために
現代の民主主義国にあっては、選択の機会が膨大にあります。
多くの選択は微細なものですが、日々の生活の中で重要度の低いことまで都度選択していると、夕方にはすっかり決断疲れして、とんでもない選択ミスや良くない選択をしてしまう可能性が高くなります。
そのようなことを避けるのに役立つのが「ルーティン化」や「決断の自動化」です。
例えば、スティーブ・ジョブズさんが決断疲れを回避するのにいつも同じ服を着ていたこと、マーク・ザッカーバーグさんがそれに習って同じ服を着ていることは有名な話です。
朝から「何を着るべきか」について考えない、悩まないことで、重要な決断に余力を残しておこうというわけです。
「選択したい」という欲求を優先して何もかも都度選択していては、重大なミスをおかしかねません。
重要度の低いことについては、「ルーティン化」や「決断の自動化」等で決断疲れを回避しましょう。
選択と健康・寿命
自由度の高い人は健康で長生き!?
日本を含む民主主義の国では、かなり広範囲な自由が認められています。
その中で、国や勤務先などの全体の利益のために、個人の自由は部分的に制限されていて、私たちは基本的にそのルールに従って生きています。
国の法律や組織の運営は、個人の自由を制限することで成り立つわけですが、この制限と選択の本能のバランスをうまく図れるかどうかが、健康に影響することがわかりました。
職業上または職位上、自由度の高い人や権限の大きい人ほど健康で長生きする傾向があるのです。
健康と寿命を決める「選択の自由に対する認識」
しかし仕事上の選択に関して重要なのは、人の健康に最も大きな影響を与える要因が、私たちが実際に持っている自己決定権の大きさではなく、その認識である、ということです。
同じ程度の権限を持っていても、自分には十分に決定権があると思うか、日々無力感を覚えるかで、健康にも不健康にもなるのです。
仕事の内容を自分で決められないなど、仕事上裁量をほとんど持たず、そのことに対して不満を感じる人は、背中や肩のコリ、腰痛を訴えることが多い他、病欠や精神疾患が多い傾向があります。
これはなんと、動物園等で飼育されている動物によく見られる症状なのだそうです。
健康を損ねる「自己決定権の欠如」
職場において自己決定権がないということは、家族との死別や勤務先の倒産など、さほど頻繁には起こらない大きくネガティブな出来事よりも、却って健康をひどく害することがあります。
軽度だけれども持続的なストレス要因は、健康の大敵なのです。
希望はあります。
既に書いたように、健康に大きく影響を与えるのは、実際の自己決定権ではなく、自分が持っている決定権に対する認識です。
私たちは、自分の外部世界に対する見方を変えることで、選択を生み出すことができるのです。
自分の力ではどうにもならないように思える状況であっても、自分次第で何とでもなると信じたり、自分の裁量で決められる部分を見つけたりすることで、日々の生活をより健康で幸せなものにできます。
選択についての参考
NHK教育テレビ『コロンビア白熱教室』にも登場したシーナ・アイエンガーさんの著作や講義は、とても面白く、ためになります。選択を通して幸福度を上げたい!という方には一押しです。
意志力について知りたい、意志力を高めたい方には、ケリー・マクゴニガルさんの著作がおすすめ。こちらもとても面白く、ためになります。
イローナ・ボニウェルさんの『ポジティブ心理学が一冊でわかる本』では、ポジティブ心理学を広く扱う中で、選択についても取り上げていました。限定的かつ簡潔な記載があります。
↑この本は米国において意思決定の権威とも言える人たちによるもので、かなり専門的な内容。意思決定マニアになりたい人におすすめです。